氣功家@ノビーが四国88ヶ所遍路約1400kmを自転車で周る旅を随時アップしてます。
途中、本氣で死ぬかとおもったこともあったし、何度もブチ切れたけど、
やっぱりやってよかった。そう、心からおもう・・・

第22日目(最終日):第87番札所〜第88番札所〜そして、結願(けちがん)へ〜

6時50分、出発。長かった、本氣で長かったこの旅路も今日で本当に終わり。
この旅が終わったとき、自分に何が待っているのだろうか・・・?

そんなことを想いめぐらせながら、走り始めた。

出発して5分後、後ろから『おはようございます』と声をかけられる。

振り返ると、第85番札所八栗寺(やくりじ)で一緒になったママチャリのオジサンだ。
どうやら、お互い近くの宿に泊まっていたらしい。

途中までは一緒だったが、みるみる引き離される。なんて脚力だ。

県道11号線を右に折れて3号線に入る、目的地まであと7km。基本的にまっすぐだ。

そして、7時22分、第87番札所長尾寺(ながおじ)に到着。
着いたときにはすでにママチャリおじさんはお参りを済ませていた。

7時35分、さあ、残すところはあと1つ。残り距離もあと15kmだ。

海抜787メートルの矢筈山(やはずさん)の山中にある、
最後の第88番大窪寺(おおくぼじ)までの行きかたは大きく2通りに分かれる。

県道3号線から377号線に入り、車道でひたすら目的地まで山を登っていく方法と、
県道途中で自転車を降り、女体山(にょたいさん)を徒歩で登って行く方法。

本来のお遍路なら、女体山を登るのが正統派らしい。
でも、私はまよわず車道を登って行く方法を選んだ。

時には平地を、時には山道を、喜怒哀楽をともにすごした自転車チャーリー。
やはり最後まで一緒に行動をともにするのが、私らしいだろう。

とはいえ、最後の遍路道はそれはそれでカンタンぢゃないのだ。
これが最後でなかったら、やっぱりブチ切れていたかもしれない。

 

途中に湧き出る清水の『大師の水』がある。
トラックで乗りつけて、ペットボトルに入れて行くおじさんがいた。
最後に結願したら、自分へのごぼうびに飲むことにしよう。
どうせ、 また同じ道を戻ってくるからね。

しかし、県道377号線の上り道がまた長い。
自転車のギアを時にはロー、時にはハイに変速して一歩一歩進んでいく。

ここまできたら、もう押して歩くことはしない。そう決めていた。

まだ全然着いてもいないのに、ドラマの最終回のように、これまでのことを反芻(はんすう)してみた。
はじめに高速バスで自転車持込みNGをくらったことにはじまり、第12番焼山寺(しょうさんじ)での雷雨。

朝7時からオバちゃんと試行錯誤しながらの自転車のパンク修理。
最長95kmを越えて、眺めた足摺岬(あしずりみさき)、
岩山の中に守られているかのような第45番岩屋寺(いわやじ)、
本氣で山中に遭難しかけた、捨身が嶽禅定(しゃしんがたけぜんじょう)・・・

あまりに多すぎて、どれか1つをピックアップするのもなかなか難しいものだ。
引き出しにあまりに多くのものを入れすぎると逆に出したいものが出にくくなるのと同じリクツかな。

とはいえ、第87番長尾寺を出発してから、2時間がたとうとしていた。
いくら最後とはいえ、いい加減、お尻も痛くなってくる。

でも、着実に1歩ずつゴールに近づいている感触がある。
まるで向こうから引き寄せられているかのようだ。

頭で意識しなくても、ペダルをこぐ足が、身体が、
勝手に意思とは関係なくオートマティックに動いていく。そして・・・

 

9時30分、ジャスト。ついに最後の結願寺(けちがんじ )
第88番札所大窪寺(おおくぼじ)に到着した。

『願』いことを『結』ぶと書いて『結願(けちがん)』とよむ。

中央左が私ね。

もはやリクツぢゃない。冗談抜きで厳しかったけど、
やはり今ぢゃなければできなかったことだとおもう。

やってみて、『あのとき、こうすりゃよかった・・・』後悔することはある。でも、 それは
やらなかったことだけだ。やってしまったこと自体は何も後悔するものはないのだ。

(終わり・・・とおもいきや、エピローグに続く)